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半断食セミナー(判断食)に参加してきました
三島の元道場の宿舎に使われていた所が会場になっておりました。
道場は跡形も無く寂しさは否めないのですが、宿舎だった所がうまく利用されセミナー会場に生まれ変わっており、このような形で、道場が再起動し始めたことはとても嬉しいことです。一つ一つの企画を皆が盛りたてていくことで、形が変わっても沖ヨガを学び伝えようとする人々の臍としての機能を復活させていける場になることを心から願います。今回の半断食セミナーに関しては、國清先生の今までの受講生繋がりの人が多くヨガ関係者は、我々のグループ3名だけでしたが、まだ今年いっぱいは毎月一週間づつ予定されておりますので一人でも多くの方が受講されたら良いと思います。
私的にはとても得るものの多いセミナーでした。
断食の捉え方の根本が実践を通して学ぶことで、とても解りやすく、何よりも、安心感の元で実行できる。という事は大きなことだと思いました。
その安心感というのも、ただ指導者がついているというだけではなく、國清先生が長年の指導の実績の元にあみ出された手法の確かさであり、指導力なのだろうと思います。
毎朝、それぞれが自分の状態を書き込む用紙があります。その用紙は指導側がほしい情報を書き込めるようになっており、それを基に、皆の前での個別指導という形が取られます。何日か経つとだんだんと、誰がどの状態になっているのかということが把握でき、仲間内でも「今日は陽性毒が出てる」「イライラね、離れておくわ」などという冗談が出るほど、皆の反応というものを感じることが出来ました。そしてその反応にあわせて、各自が自分のイノチに聞くという方法で身体が要求する飲み物を取り、出ている毒素を中和していくという方法がとられます。その飲み物の選び方も、性質の違うものを何種類か用意しておき、その中から何が美味しいかを自分が選ぶのです。まさに自分のイノチが選ぶという方法は、「間違いが無いのだ」というイノチへの信頼感が確かなものになります。
限定された何種類かの中から選ぶというのもとてもわかりやすい方法です。
見た目美味しそうに見えても実際に飲んでみると、他のものが美味しかったり、昨日まであんなに美味しかったのに今日はぜんぜん美味しく感じないなど自分の思いや予測とはまた違う体の要求に、あらためて、イノチの欲求をキャッチできる状態をキープしなければと思いました。そんなことを毎日繰り返すうちに、食べるということよりは日々変化する心、身、感、が面白くなってきました。
先生の話の中に「食べ物をエネルギー源としてガソリンと比べて話すことがありますが、ガソリンは車にはならない、しかし食べ物は直接その人の身体になる。身体を創るんです。」という一言がありました。そんな当たり前のことがともすると、目先に流され、錯覚を起こしてしまいがちだということに気づきました。根本のところを見逃してしまいやすいのが日常です。我々の感情、頭、身体、全部を働かせる血液の状態いかんによっては、思考内容も、感じ方も基の所から変わってしまうのだということは頭では誰でもわかっているはずのことです、しかし本当に判っていたら、何でもかんでも食べたいだけ口にするなどという事は出来ないはずです。ほとんどの人が、イノチを鈍らせていて判らない状態を作ってしまっているのだと思います。「少食が正しい食欲求を作る」「イノチの声が聞ける状態にしておく」ということ「根本原理」を把握し「原理原則」にのっとった身体の捕らえ方、付き合い方、健康感があるということを身をもって体験しました。 濃い血液を作り、排毒できた身体の爽快感も得がたい体験でした。
参加者全員が、家に帰ってからも玄米食や少食を続けたいということを話しており「食」という根本を変えてみようと思えるように仕向けてしまう影響力はすごいことだと思います。それぞれが納得行くまで、個人の状態に合わせた指導をする。ノウハウではなく、愛を根本に伝えようとする姿勢のおかげだと思います。私は、半断食の効用もさることながら、先生の一人一人との関わり方の中に、指導するということの原点を見せて頂いた事に感謝しております。伝わるのは、言葉ではなく、本当に相手を思いやる心、愛が原点なのだということを、体験させていただき、指導させて頂く身として、心していきたいと思います。感謝心を最大発揚させていただいたセミナーでした。合掌

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